ほんの少しずつ、アスランがほどけてく・・・
5話
「今朝は大事なお知らせがあるんだよ 裏山にはうっかり入らないようにねぇ?春先で熊がでるかもしれないんだよ。」
「えぇ~本当かよ、バルトフェルド!」
「本当、本当。ばったりでくわしたら・・・・・・・くまるだろう?・・・・・・・はっはっはっはっ!!」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」」
「ははっ・・・・く・・くだらない・・・。」
「アスラン・・・ふふっ!本当だな!!」
あの日、アスランの誤解が解けてから随分彼は打ち解けてきてくれた。
「カガリ・・・後でこれを運んでおいてくれるか?」
「えっ!?・・・あ、うん。わかったぞ。」
彼が私をカガリと呼んで、普通に話して、笑ってくれる。それがこんなに嬉しい・・・なんでだろう・・・?
――――――――――
「う~~~ん。」
カガリは一日の仕事も終わり、ソファでアスランの落とした楽譜を見ていた。
「あの時、つい持ってきちゃったんだよなぁ~。」
何度か捨てようとも思った・・・しかし、たくさん文字が書き込んであってボロボロになった楽譜はきっと凄く大切な物であることをカガリに感じさせた。そのままなんとなくアスランに返すこともなく、持ち続けていたのだ。
「JE TE VEUX・・・?なんて読むんだろう、フランス語かな?」
楽譜のタイトルを読んでみるが、いまいち発音が分からない。すると、窓の向こう側からアイシャと、アスランの話す声が聞こえてくる。
「アスラン君、どう?やっぱり見つからないノ?」
「・・・はい。あの日けっこう風があったから飛んでいったのかもしれません・・・」
「アラ・・・困ったわネェ。大事な楽譜だったのでショウ?」
―――楽譜?もしかして・・・!!
「これのことか?」
カガリは丁度いいと思い、窓から身を乗り出しアスランに楽譜を見せる。
「・・・・・・・・えぇ!?な、なんで?」
「アラァ~~~!拾っておいてくれたの、カガリちゃん!?」
アスランが窓に近づき、カガリから楽譜を受け取る。
「・・・うわ。これ、祖父の一番目の先生の形見なんだ・・・」
楽譜から視線をカガリに向けると、アスランはカガリに微笑む。
「ありがとう!」
(う・・・・・・わ・・・・・。今、アスランの本当の笑顔見た気がする・・・。)
いつもの大人っぽい静かな笑みではなく、嬉しそうに笑う年相応のアスランの笑顔に、カガリは今までのわだかまりが全て溶けて消えた様に感じる。
「何かお礼しなきゃな・・・何がいい?出来る範囲ならなんでも言えよ。」
(出来る範囲なら・・・・?・・・・・・・・・・!!)
「・・・・・・・・・・・!あぁ!!」
「・・・・・・・・・?」
思い立った様に叫び、お祈りするように前で手を組んで目を輝かせるカガリにアスランは嫌な予感を覚えた。
―――――――――――
窓辺に椅子を並べ、向かい合わせに座る2人。1人は両手をひざに置きわくわくした様子をみせ、もう1人は手に古めかしいバイオリンを持ち憮然とした顔つきを見せる。
カガリのお願いごとは、アスランの落としていった楽譜の曲を聴きたい・・・だったのだ。
「なんか他になかったのか・・・?」
「ないなぁ!!バーカ呼ばわりされても大事に持っていたその曲がききたいんだぁ~!!」
「・・・・・・・・。わかったよ・・・。」
アスランの分の悪い顔を見てついカガリはおもしろくなってしまう。今までとは一変して、新たに見せる表情にいちいち嬉しくなってしまうのだ。
「ところでタイトルのジュ・トゥ・ヴってどんな意味なんだ?」
「え?意味って、あぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
なぜか顔を赤らめて視線をそらすアスラン。
「お、俺もよく知らない!!」
「えぇ~~~~~!?なんだよそれ!!」
「いいだろ!弾くぞ!!」
弓を構えて、すっ と顔をあげるアスラン。
―――――あ、顔が変わった――――――。
~~~~♫~~~~~~♩~~~ あの時と同じ、一本の大きな木の下で、心臓が止まりそうになるほど目を惹かれた。もう一度、もう一度聴きたいって思ってたんだ。やっぱり弾いてるアスランは楽しそうで綺麗で、とても優しい、美しい音色だった・・・。
~~~~~~♪
「・・・・・・・」
演奏が終わりアスランはゆっくりとカガリと視線を合わせる。すると、なぜかカガリは大きく見開いた琥珀の瞳から涙をこぼしていた。
「なっ、なんだ!?どうしたんだ、カガリ!!」
「すごい・・・凄くかっこいい、アスラン。」
「えっ!?」
「うわ~~~~生の音って凄いんだなぁ!!なんか、体の中にわぁ~~~って響いて!!アスランってこんな凄いことできるんだなぁ!!ななな、もっかい、もっかい弾いてくれ!!!」
「・・・・・・・・な//// やめてくれ・・・」
物凄い勢いで褒めちぎるカガリに、アスランは恥ずかしくなって目をそらしてしまう。
「だって本当のことだ!!皆、言うだろう?」
「いや、人には隠してるから・・・・・・・。」
「なんでだよ!!?」
あんなにすばらしいものを、なぜ隠すのか分からずカガリはアスランに詰め寄る。アスランは何故か少し拗ねた顔をしていた。
「・・・・・・・・だって、恥ずかしいじゃないか。」
「・・・はいぃ?」
あまりにも間抜けな回答に思わずカガリは聞き返してしまう。
「小5の頃、発表会の帰りにクラスの女子に見つかって・・・ ―――えぇ~!アスラン、バイオリンなんて習ってるの~?なんかお坊ちゃまって感じ~!!アハハ!!―――― って、からかわれたんだ。翌日、学校いったら“お坊ちゃま”なんて呼ばれてからかわれて・・・・・・。」
「・・・・・それだけでかぁ?」
「小5の俺には切実だったんだ!!・・・それに、その子のことがいいなぁって・・・思ってたから・・・」
ずきっ
顔を半分隠しながら告白するアスランの横顔が、少し照れているように見えてカガリは瞬間胸が痛くなった。その痛みをごまかすように思いきりよく立ち上がり、アスランを突き飛ばす。
「うわぁ!?」
「何言ってんだお前は!!そんなの、もうどうでもいいことだろ!?昔のことだ!それで、人に聞かせないなんてもったいないぞ!!」
両手で握りこぶしを作って力説する。
バルトフェルドやアイシャ、メイリンにお客さんや、皆みんな、アスランのいいところを知っていても、アスランのバイオリンは知らないのだ・・・。それが、カガリはもったいなくてくやしかった。自分は、思わず涙が出てしまうほどすばらしかったのだから・・・。
「アスランのバイオリンはかっこいい!!私が保証するぞ!!」
「・・・・・・・・・カガリ。」
もっと、もっといろんな人にカガリはあの感動をあじわってほしかった。
「あっ、じゃあさぁ学校のクラブとか入ったらいいんじゃないか?え~と・・・ブラスバンド、じゃなくてだなぁ~・・・」
「・・・オーケストラ?」
「そう、それだ!それがウチの高等部にもあってさ、結構レベルが高くてコンクールにも出てるみたいなんだ!そういうの入ったら楽しいんじゃないか?」
「え・・・じゃあ、もしかしてカガリエターナル高校行くのか?」
呆けた顔をしてカガリを指差すアスラン。
「え!?なんで分かったんだ?」
「県内で中・高等部があるのは、エターナル高ぐらいだろ。」
「あ、そっかぁ。」
「ふ~~~ん、私立エターナルね・・・。」
なぜか含みを持った言い方をするアスランにカガリは首をかしげた。
「いや・・・見た目より馬鹿じゃないんだと「なんだとぉ~~~~~!!」
「うわ!こら、楽器に手を出すな!!」
「すみませ~ん、氷と水を少しわけてもらえますか~?」
「はいはい、どうぞ?」
「あっ!逃げるなアスラン!!」
丁度よくあらわれたお客に笑顔で接客するアスランに、カガリはこっそり歯をむき出しにしてい~っ、と威嚇する。
「ふんっ!何だよ失礼だな!そういうお前はどこに行くっていうんだ、まった・・・く・・・。」
アスランはアスランの新しい生活がまっているのだ。春休みが終われば離れ離れ、もう会えない・・・。
カガリは自分の胸がしめつけられた様に感じて、胸のあたりをそっとおさえた。
「あ、あれ?」
その時、カガリ達のいた食堂に元気な声が響いた。
「ママ~~~~!!俺アイス食べたい~~~~~!!ステラもぉ~~~~~~!!」
「だめよ、もう寝るじかんでしょーーーー。」
氷と水をもらいに来たお客さんの子供が2人、母親の腰周りに抱きついて騒ぎ始めた。
「いやだ、いやだ!!アイス~~~~~~!!」「あいすぅ~~~~~~!!」
「だめよ!!また明日!!」
(うわ・・・なんか、こぼしそう・・・?)
後ろから子供たちが思いきり母親を揺さぶるために、母親の手からは氷と水を入れた大瓶が外れそうになっていた。
「いやだぁ~~~~!!」
「あっ!!」
遂にゴネ始めた子供の1人が思いきり押したために、大瓶が勢いよく母親の手から抜け出た。その先にはアスランの蓋を開いたままケースに収まっているバイオリンがあった。
(やば・・・)
ばしゃっ!!
カガリはケースの上に覆いかぶさり、氷と水からバイオリンを守る。そのために頭と服がびしょびしょに濡れた。
「!!だ、だいじょうぶか!?カガリ!!」
「きゃーーーー!!すみません!!どうしましょう!!」
慌てるアスランとお客さんを横目に、カガリはゆっくりと体をおこしてバイオリンを見た。身を挺したおかげか、水滴1つつかずにすんだようだ。
「セーフ!!だ、良かった!」
カガリはピースサインを向けてアスランに微笑む。
「・・・・・・・・・。」
「アスラ、ぶっ!」
自分の楽器が無事だったというのに、無表情で返事も返さないのでカガリは呼び返してみると、顔面にタオルを投げつけられて、カガリは固まってしまった。
そのまま、何事もなかったかのように接客をするアスラン。
「新しい氷と水どーぞ。ここは大丈夫ですので。」
「え?でも・・・」
「いえ、大丈夫です。おまかせください。」
「そうですか?本当にごめんなさいねー。ほら、お姉ちゃんたちにごめんなさいしなさい!」
「「ごめんなさ~い・・・」」
「あ、いえ、あはは!」
思わず条件反射で、体を動かし返事を返すカガリ。お客さん達が去ると、まだ何も言わずにアスランはモップを取り出し片付けを始める。
(ちょっと・・・おい・・・なにてきぱきしてるんだよ・・・。)
淡々と片づけを終わらしていくアスランにカガリは複雑な気分になる。お礼を言われたくて楽器をかばったわけではないが、ひとことすら声をかけてもらえないのに悲しくなってきた。
(何も投げてよこさなくてもなぁ・・・。)
わしゃわしゃと、頭を拭くカガリに後ろから低い声が響いた。
「同じ曲でいいか?」
思わずカガリは手の動きを止めて振り返る。
「え?」
「さっきと同じ曲・・・お礼に、なんないか?」
頬を染めてバイオリンを手にするアスラン。さっきの曲をまた聴かせてもらえることに、カガリは力の限り叫んだ。
「なるぞ!!(うわぁぁぁ~~~~~~~~~!!////)」
――――――――――――
「それじゃあふたたびエリック・サティ作曲のJE TE VEUX で・・・」
流れるような三拍子の曲・・・弾いているアスランはとても綺麗で・・・弾き終わったアスランは真っ赤になってとても可愛くて・・・何度も何度も、カガリはアンコールと言い続けた。
「気に入ったか・・・?」
「うん?」
「この曲・・・ジュ・トゥ・ヴ」
「あぁ!すごく!!」
「・・・そうか・・・じゃあ、やるよ。・・・・カガリにやる。」
―――――――――――
「“やる”ってなぁ・・・あれは、サティさんの曲だろう・・・。」
カガリはベットに入りながらアスランの言葉を思い出しつぶやく。
「勝手にやったらおこられるぞ・・・。」
口では文句を言っているが、カガリの顔には抑えられない感情が現れていた。
―――嬉しい・・・嬉しい・・・嬉しい・・・アスランのバイオリン・・・もっと聴きたいな・・・・・・・・
「――――――・・・!!」
しばらく布団の中で考えている様子をみせたカガリだが、何かを思いついたのかしばらく首を縦に振りうんうんとうなずくとにんまりと笑い、眠りについた。
夢の中でも、アスランのバイオリンが聴けることを願って・・・。